東大柔道部ブログ

このブログは東京大学運動会柔道部の活動の記録です

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七徳合宿1日目

投稿者: ryouisikawa  投稿日: 2019年8月19日 23:09

お久しぶりです、2回生の石川です。ブログの投稿は半年ぶりです。今回は合宿についての報告になります。
今年は新しい試みとして、1年生がお盆休みを取っているこの時期に2年と3年で合宿を行うことになりました。今日から4日間七徳堂に泊まり込んで練習を行います。練習内容は極秘なのでそれについては触れませんが、普段できないあれやこれやを行いました。その後みんなで鍋を食べ、風呂に入って(現在地)、部室に布団を敷いて寝ます(予定)。

今日は晩御飯中にブログ係が指名されたので駄文でお恥ずかしい限りなのですが、明日からは推敲を重ねた面白いブログをあげてくれるでしょう。
それでは明日も朝早いのでここら辺で失礼します。


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新入部員自己紹介 米山侑輝

投稿者: yuki yoneyama  投稿日: 2019年8月19日 17:46

ご紹介に預かりました、110kgの米山侑輝です。ちなみに私は同期の中でなぜか少数派の現役合格なのですが、新入というよりは侵入してきたという位のギリギリの点数で受かってしまいました。具体的には合格最低点+0.3点でした。運命とはなんとも残酷ですね。しかし、現役合格するといっぱい留年できるので嬉しいです。出身高校は仙台二高という学校で、一応東北一の学力を名乗っているのですが、約半数は浪人するという素敵な学校です。他にも、かの”空気投げ”三船久蔵十段の出身校(当時は仙台二中)であり、それだけでずっーとおまんまを食い続けてるような学校とも言えます。いわゆる典型的な地方進学校という訳です。
私の柔道歴は高校からです。中学時代は羽遊びで無駄にしてしまいました。非常に後悔しています。高校時代は部員数が少なかったことや指導者も不足していたせいでなんだか練習に身が入らなかったり、なんだか勝てなかったりで、正直消極的な姿勢で練習していた方が多かったと思います。その結果は如実に現れ、公式戦では1,2回しか勝った覚えがありません。部活が終わるとき、もしくは卒業式時点では「もう柔道はやらん!」と思っていたはずが、練習を見に行ったりするうちにいつの間にか入部していました。高校のときのやり残しが小骨のように引っ掛かっていた、部の雰囲気が良かったというのもそうですが、ここで何かに燃えつきてみなくては僕の人生がどうにもならないように感じたのが一番大きいです。福岡の七大戦の舞台で、先輩達や他大の選手がそれまでの練習の成果を文字通りぶつけ合う姿をみて、ここに自分の求めていた負けられない戦いがあるのだと確信しました。今度は自分に言い訳しない、まさに最後の七大戦まで、燃え尽きるための柔道をしていきます。


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新入部員自己紹介 宮部壮貴

投稿者: akitaka miyabe  投稿日: 2019年8月18日 00:00

こんばんは。8月18日0時00分ピッタに投稿するほど几帳面で、時空歪め師世羅”さん”にご紹介預かりました宮部壮貴と申します。名前は”あきたか”と読みます。初見で読める人は存在しないと思われますが… 最初に言っておくと、僕は実は時空をもう1段階歪ませた人間です。1回は留学で、もう1回は皆さんの御察しの通りです。柔道部以外では同い年はそんな変わらない気がするのに、柔道部では色々な面で先輩にしか感じられないのが不思議です。
さて、本題の柔道の話へ移りたいと思います。僕の柔道経験は中学での2年程と短いです。また、柔道を始めた理由も、自分の家族が柔道一家だったからです。正直に申しますと、僕は柔道が大嫌いでした。僕の学校は中高一貫で、入部当初、先輩は1番近くて高校1年でした。よくわからない補強運動を教えられ、夏休みの練習ではボコボコに投げられ、その辛さを共有できる仲間がいなかったのが僕を柔道から遠ざけたのかな、と今振り返ると思います。ですが、そんな辛い環境ではありましたが、先生や先輩方は丁寧に指導してくださっていました。そんな中、言い訳ばかりして積極的に逃げていたのは自分だったのではないか、その気持ちが徐々に強くなり、今では確信に変わっています。だからこそ、そんな中途半端な自分におさらばしたく、大学では4年間、柔道をやり抜こうと決めました。なので、どんなことがあっても柔道部は辞めるつもりはありません。

今では柔道が大好きです。

最後に、こんなこというのも恥ずかしいですが、僕は今同期に7人ものメンバーを持てて本当に幸せだと思います。練習での辛さや寝技の技術を共有できる仲間がいると思うと、とても心強いです。この7人で切磋琢磨し合いながら、4年の代のとき、悔いを残さず終われるように頑張りたいと思います!

次は、最後!体重3桁・(過激)思想家など異色の才能をもつ米山へバトンタッチします。


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新入部員自己紹介 世羅 文哉

投稿者: sera fumiya  投稿日: 2019年8月17日 19:07

はじめまして。世羅文哉です。出身高校は偉大なる岡主将と同じ灘高校で2年後輩です。岡主将との学年差を守るべくあえて時空の歪みに突っ込んだところ、頼れる後輩であった一徹と同期になってしまいましたが、それもまた一興かなと思います。同期一の常識人を自負しており点数大事テスト大事と思っていましたが、落とさなければどうということはないと思い始めています。柔道部に染まってきたということでしょうか。

柔道は中学から始めました。灘校柔道部になんとなく見学に行ったのですが、なんと見学者第1号で熱烈な歓迎を受け、そのノリで入部しました。大学では柔道しないと固く固く決心していましたが、一度くらいチヤホヤされたいと思ってテント列に参加したのが運の尽きでした。中高男子校の僕にとって、他団体の勧誘は心身共に疲労を要するものであり、クタクタになって進んでいたところ柔道部のテントを発見し、妙な安心感を覚えました。そこからなんやかんやあって結局入部してしまいました。(柔道の魔力?は怖いもので少しやっていない期間があるとやりたいと思ってしまいます)
七大戦に人数合わせで登録されてからは先輩方と同じ練習に参加しました。これが現役時から10キロ以上太り鈍った僕にはとても辛く、いつまで続くかなと不安にもなりましたが、七大戦で試合をしている先輩方の姿を見てその不安はなくなりました。めっちゃかっこよかったです。今は立ち技を捨てて寝技の練習に励んでいます。夏練は確かに辛いですが寝技の技術に驚く毎日で結構楽しいところもあります。(それでも辛い>楽しいですが)

僕にとって辛いのが増量です。浪人中は運動ゼロ+変わらぬ食生活で12キロ太りました。これを岡主将は「太る才能」と言いました。しかし飯を食べられないなりに食べてはいたもののの、7月には入部当初から5キロ減りました。よって僕は運動をしないと太るが、激しい運動をしている時はその限りではなく、太る才能のないごく普通の人だということがわかりました。かと思いきや夏練に入って2週間、1キロ増えました。やっぱり太る才能があったのでしょうか。

長くなりましたがこれで終わります。次はオーストラリアから来た同期一、いや柔道部一の陽キャ、宮部よろしく。


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新入部員自己紹介 幸田一徹

投稿者: ittetsu koda  投稿日: 2019年8月16日 21:54

初めまして。東大柔道部新入部員の幸田一徹です。親は「徹底的に一番」という意味を込めて一徹という名前をつけたとのことで、そのおかげか今年現役で日本文系最難関と誰もが認める東京大学文科3類に合格することが出来ました。

僕の出身高校は灘高校です。現在弊部を率いておられる岡主将 は灘の先輩でもあり、中学生の頃から稽古をつけていただいていました。灘の時は3学年上だった岡主将ですが、大学で再開すると2学年上になっていましたね。

話を自己紹介に戻しますが、仮面ライダースーパーワンが空手をやっていたことに憧れて空手に似ている柔道を始めてから、はや12年が経ちました。柔道歴こそ長くても体格に恵まれていない僕は七大戦での活躍を目標とする上で課題しかない状態ですが、先の七大戦準決勝での悔しさをバネにきつい夏練に励んでいます。

実のところ僕は、大学生になったら柔道をやめるつもりでした。東大入試の翌日にパーマをかけに美容院に行き、ネックレスをつけ、イヤリングを買い、髪染め君髪染めちゃん達との楽しいサークルワイワイ大学生活が始まるのを待ち焦がれていました。しかし高校生まで柔道を軸とした生活しか送ってこなかった体が行き着いた先はやはり柔道部でした。上京する時にキャリーバッグに柔道着を念のためと入れていた僕が柔道に未練があったことは今思えば明らかですね。今はまた柔道の魅力を再確認し楽しい柔道漬けライフを送っています。

ここらで自己紹介を終わりたいと思います。ありがとうございました。次は同じ灘高校出身の世羅さんです。さん付けしている点についてはお察しください。


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新入部員自己紹介 関 靖川

投稿者: yasukawa kan  投稿日: 2019年8月16日 16:45

はじめまして、関 靖川(カン ヤスカワ)と言います。奈良県にある西大和学園高等学校出身です。奈良の高校といえば、東大寺学園という方も多いと思いますので、自身の出身校の知名度を広めるべく、母校を宣伝させてもらいます。なんとこの西大和学園、時には京都大学合格者数全国1位となったこともあります。また、文科省指定の積極的な科学教育とグローバル教育を推進する高校という意味で、sshとsghという称号の両方を手に入れている数少ない高校であります。現在は京都大学よりも東京大学に力を入れている様子でかく言う僕も東京大学を受けました。ただし、勉強の方に力を入れているのは明白ですがその他の活動には実情、あまり力が入っておらず、勉強はできても…. な人(僕)を生み出してしまいます。僕の場合、人間関係はもちろん苦手ですし、精神もかなり不安定で、そこら辺を今まで鍛えてこなかったことは間違いありません。柔道部に入ることで肉体的にも精神的にも強い人になれるんじゃないかと思い、入部しました。柔道経験が小学校の時にあったことも入部のきっかけです。立ち技をあまりせず、寝技ばかりで初めは戸惑うこともありましたが、今はあまり気にならなくなりました。部に入った以上は部の目標である七大戦優勝に乗っ取り、勝てなくても、分けられるようになるため頑張りたいと思います。ですから、当面の目標は亀取りで先輩の攻撃に二分間耐え抜けるようになることです。


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新入部員自己紹介 小笠原優

投稿者: masaru ogasawara  投稿日: 2019年8月15日 00:10

はじめまして。新入部員の小笠原優です。優と書いてマサルです。愛光高校という愛媛県の高校出身です。といっても高校を卒業すると同時に不思議な力が働き、その結果なんと2回も時空が歪んでしまいました。2回歪めば歪んでいない状態に戻るとおもったのですが、残念ながらそんなことはなく、1年生ながら楽勝で酒タバコを購入することができてしまいます。まぁその分長生きするので問題ないです。
柔道の話をします。私は柔道経験がありません。もちろん白帯です。得意技はありません。今までやってきたスポーツはサッカーやバスケといった球技ばかりです。そんな私が大学から柔道を始めようと思った理由は、色々ありますが一番は「だらしなくて心身共に弱い自分と決別したかったから」です。我ながら男前な理由ですね。厳しい柔道部で頑張れば例え女子うけが良くなかったとしても、自分が好きな自分になれるのではないかと期待して入部しました。先の七大戦の先輩方の姿を見てその期待は確信へと変わりました。今のところ退部する予定はありません。とは言っても素人の私にとって柔道部の練習ははっきり言って地獄です。
現在、夏練が始まり2週間が経ちました。今の時点で私の手はボロボロになってしまい、練習中に2回吐いてしまいました。果たして私はこの夏練を乗り切ることができるのかというのが目下の心配です。ていうかこれをあと3年続けるのかと思うと戦々恐々としています。ですがその厳しさを求めて自分からこの部に入ったので、やめることはないだろうと思います。そしてこれからの七大戦では少しでもチームに貢献したいと思っています。長くなってしまいましたがこれで自己紹介をおわります。明日は新入部員随一の奇人、関靖川です。


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夏練1/4お疲れ様会のお知らせ

投稿者: okaakihiro  投稿日: 2019年8月9日 10:36

こんにちは。きゃっぷてんの岡です。
夏練も本格的に始まり毎日暑さで死にそうになりながら練習をしています。心やさしき先輩の方々にアイスの差し入れをしていただけると部員一同心のそこから喜びます。

いつ頃からかは知りませんが自分が一年の時から、盆休みの始まる前の日の夜に夏練1/4お疲れ様会と銘打って、帰省に余裕のある部員で飲み会を行なっております。今年は8/17の東京学生の試合の後行う予定です。ぜひ四年の先輩方やOBの先輩方にご参加いただければと思います。


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ありがとうございました。

投稿者: yuuyanakamura  投稿日: 2019年7月30日 17:59

こんにちは、中村です。
今月の七月七日をもちまして、四年目の七大戦終えましたので、ご挨拶をさせていただきます。練習に行く必要がなくなり、その解放感からダラダラと過ごしてしまいブログを書くのが遅くなりました。お詫び申し上げます。
この4年間、七大戦はほぼ七夕前にあったこともあり、毎年七大戦優勝を星に願っておりましたが、最終的に4年間で最高三位という結果に終わり、悔しく思います。今年の自分個人の試合としても、二試合とも、下級生に当ててもらえたのに取り役としての仕事を果たすことができず、何が自分の中で足りなかったのか、と今でも自問自答してしまいます。しかし、これで幹部としての役割を終えたので、今後は後輩が僕と同じような失敗をしないように自分の経験を分析し、微力ではありますが新チームの手助けをしていきたいと思います。

東北大の引退ブログを見ていいなと思ったので、関係者の方々に向け感謝の意を述べて終わろうと思います。

まずは、三年生。
本当に強かったです。試合では四年よりよっぽどたくさんの仕事をしてくれたと思います。来年は、三年生全員が取り役を目指せると思います。他大の警戒もますます強くなってくると思いますが、さらなる強さを目指して頑張って欲しいです。一方でどれだけ強くなっても、下手をすると取られることは必ずあると思うので、基本的な防御も疎かにせず、油断のないようにしてください。まあ、わかってると思うけどね。
個人的には、朝日、京大戦では、僕の失態を挽回してくれて本当に助かりました。また、東北大戦での活躍も見事でした。今の三年生の中で、初心者でかつ途中入部で大変なことがたくさんあったと思うけど、本当によく頑張ってくれました。ありがとう。
郷地、今は部を離れているけど、今年の七大戦前に、先輩たちと七大に出たい、といってくれたことは本当に嬉しかったです。

二年生
めちゃくちゃ固くなったなぁという印象です。初め入部してきたときは、特に立ちの切れる選手がいるわけでもなく、この先どうなるのか心配でしたが、研究を熱心に行い、練習にひたむきに参加し、ぐんぐん成長していく様は見事でした。今度は、下級生が入ってきてくれたこともあるし少しづつ、取る技術を身につけていってください。一方で、防御を練習できるのは三年生が引退するまでのあと1年だけです。自分の苦手を洗い出し、徹底的に潰しておきましょう。個人的には、亀の守りの技術を身につけておくと、幹部になったとき後悔しないやろな、と思います。
今年の試合に関しては、枝野、東北戦で見事に分けてくれました。俺が相手の三年生に引き分けられて、しんどいところに当ててしまいました。でも、よく頑張ってくれた。ありがとう。枝野は、いつも夜遅く学校帰りに、トレーニング場で筋トレしてたもんね。今回の試合はそういう努力の結果やと思います。そんなひたむきさを忘れないで頑張っていってな。
甲斐、金を貯めて、早く戻ってこいよ。

一年生
高校までとは全く違うルールで戸惑いもあったと思うけど、七大のルールを受け入れて一緒に三ヶ月間頑張ってきてくれてありがとう。怪我で4月と5月練習できない間、試合に登録されていなかった一年生の教育係をやらせてもらったことは、怪我をしてよかったことの一つです。一年生の1年間は、めちゃくちゃ大変やと思うけど、そこをなんとか切り抜ければ、きっと大きな自信につながると思います。

同期
あまりいうことがありません。三年と三ヶ月どうもありがとうございました。みんな揃って七大戦に出れて幸せでした。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

最後になりましたが、金野師範、小川コーチ、柏崎先生、並びに筋トレ、体のケア、食事について様々な側面からサポートしていただいた先生方、そして、お忙しい中練習に来ていただいた先輩方、大変お世話になりました。ありがとうございました。


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引退から3週間が経ちました。

投稿者: rikuyamatsumoto  投稿日: 2019年7月29日 18:07

4年目の松本です。

 

麻生に急かされたのでテストが終わった今日重い腰をあげ引退ブログを書こうかと思い筆を取った次第です。

これを書いている今日はテスト最終日7/29(月)のテスト後です。

ちなみにこれまでのテストは何とか単位は取った感触はあるのですが、先ほど徹夜に失敗してテストの時間に起きてしまい、今日の科目はあえなく落単となってしまいました。

非常に眠たいです。何故、昨日の私は徳永に呼ばれたからと言って徳永と小宮山さんと金田さんと麻雀を打っていたのでしょうか。しかも川崎市で。

 

突然ですが、果たして部活をやってきた意義はあったのでしょうか。

あまりにも人口に膾炙しており陳腐に感じられる疑問ですが、やはりこのことは考えずにはいられません。

結論から言うと、決して大いにあったとは言い難いが、確かに得るものはあったと感じています。

 

私たちは入学以来七大戦の団体戦にて勝利を経験したことがないという代でした。

七大戦初日、1戦目、特にチームに大いに貢献したわけでもないですが、こんな私でも団体として初めての勝利を経験しました。チームの皆には感謝してもしきれません。

確かにこの一瞬のためにやってきたんだという感慨があり、間違いなくそこに意義はありました。

そして2戦目、準決勝、最後の試合の内容については皆さんご存知でしょうし、あまり思い出したくもないのでここには書きません。

思えば中学1年生の時に柔道を始め、なんだかんだと高校、大学と続けてきました。凡そ半生に及ぶ学生の選手としての生活が、本当の意味で終わりました。長かったです。

このような形での幕引きとなり、悔いが残ってないと言えば嘘になります。

最後の試合を終え会場の外で項垂れていると柏崎先生が通りがかり、「柔道は人生教育。なかなか上手くいかんこともあるっちゅうことよ。これでお前もよくわかっただろう」と笑いながら声をかけてくださりました。救いの言葉でした。

その後、観客席に戻ると今夏で初めて蝉の鳴き声が聞こえてきて、確かにそこに夏の訪れを感じ、そして同時に柔道の無い第二の人生の始まりを告げているかのようで象徴的だったのが記憶に新しいです。

呑気なことを書きますが、試合に負けひとしきり泣くとしっかり腹は減り、腹を満たすとしっかりと眠たくなり、そこに自分らしさを感じて、尚且つ自分のとてもいいところだと思いました。

今や吹っ切れました。突然に膨大な時間が与えられ、引退ライフを楽しんでいる

 

……予定だったのですが、しばらく部活で行けなかったバイトに復帰すると毎月少しずつ降格してたようで時給が1000円スタートになってたり、すぐにテスト期間に入って徹夜が続いたり、テストが終わったかと思えばすぐに実習に駆り出されます。弊学科は夏休みが文字通り存在しません。

存外に忙しい日々を送っていますが、まあ概して引退前よりは余裕のある生活を送れているかと思われます。

今や引退した身なので、ピアス開けて染髪して勢い余ってタトゥーまで入れてやろうかと画策してるところです。実行に移すかはわかりません。

 

この3年と数ヶ月の柔道部の生活について。

 

この間、部活をやめようかと思ったのは枚挙に暇がありません。

 

代表的な例だと、リスフラン靭帯を切り、3ヶ月休部したときです。
降年して奨学金が切られて、これ以上親の負担をかけるわけにもいかず、そして何より生きるためにバイトに専念しました。(この期間、生まれて初めてターム単位でのフル単を達成しました)

幹部となった後に3ヶ月も部活を抜けていたこともあり正直復帰するかかなり迷いましたが、昨年の七大戦での雪辱を晴らそうと思い、戻ってきました。

 

そして、私は昔からある集団に長期間属し続けるという行為が非常に苦手で、更にそこに馴染み続けるとなると莫大な心的負担がかかる人間でした。

一定の距離以上に人を絶対に近づけないし、一定以上プライベートの時間を確保できないと発狂しそうになります。とにかく自分1人の世界が大好きなんでしょう。ただの我が儘です。

最初の方は割と頑張って輪の中に入ろうとするのですが、気が付くと組織にいる自分を客観視する自分、更には組織そのものを外から見ている自分が現れてきます。

自分で言うのもアレなのですが必要とあらば最低限の社会性を発揮する程度のコミュニケーション能力を有しており、それを引力として月と地球のようにある時期以降は付かず離れずといった距離感を保ち続けることになります。

無意識のうちに一番疲れない位置取りをするようになっているんでしょうね。人間関係を疲れるものとしている人間の性だと思います。

 

しかしそんな私でも何故最後までやめなかったか?というと、それはひとえに部員の存在です。

本人が覚えているかは知りませんが、1年生の頃に東條が絶対8人全員で揃って引退しような、と言っていたのを今でもはっきりと覚えています。そして、それは実現しました。

同期や後輩達は見捨てることなく構ってくれて、そしてその優しさはあまりにも明らかな意図的な配慮が感じられ、とても嬉しかったし周囲の人間に恵まれていたと思います。

 

 

現役部員へ。

 

私のような人間もいると思います。

正直、人によってはかなりキツいと思います。私はそうでした。

OBとしてこんなことを書くのはあまり褒められたものではないのですが、今とてもしんどいと思っている部員がいるならやめるのも1つの選択肢です。

毎朝毎朝自律神経を破壊して吐きそうになりながら満員電車に揺られて練習に行く日々もあります。

とにかく乱取りでボコボコにされ続ける日々もあります。

その先に待つのは地獄です。

練習だけではありません。

七大戦が近付くに連れて日増ししていく巨大なプレッシャーもあります。極度のプレッシャーで食が細くなり、それでも何とか胃に物を押し込める日々が続きました。正直に言うと、1ヶ月前ですらやめたいと何度思ったかわかりません。

七大戦の前日、当日なんて凄まじいものでした。
前日のオーダー会議の時点で先鋒と知らされてるわけですから、1日目なんて本当に寝られず結局2〜3時間程度の睡眠で臨むことになりました。

他の部員がどうだったかは知りません。
繰り返しますが、少なくとも私はそうでした。

それでも、最後までやりました。
最後までやって得られるものは確かにあります。

やめなかったことに後悔はありません。

それだけは保証できます。

 

後、怪我には本当に気をつけてください。

私は未だに引退直前の肋骨の怪我と足首の伸びた靭帯は治ってません。早く治したいですね。

怪我をすると試合に支障が出るのは当たり前として、普段の練習すら満足にできません。

特に先の長い1,2年生は中途半端な怪我のまま練習すると慢性化し、先の長い現役生活に大いに支障を及ぼしかねません。

 

最後に。

1留したどころか、最近では一つうえ(2留)も視野に入ってきました。

入ってきましたが、来年の七大戦に出るつもりは毛頭ありません。少なくとも応援や物資等でのサポートはするつもりです。するほど経済的に恵まれたいです。応援よろしくお願いします。

 

眠たくてまとまりがなく無駄に長い拙文となってしまいましたがこれで終わりです。ありがとうございました。

P.S.投稿して気がついたのですが、何故か私の投稿だけ行間が広くてめちゃくちゃ幅を取っていますね。修正の仕方もわからないのでこのままにします。


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