お久しぶりです。2年の佐藤です。
今日は講道館で高校生合同練習会を実施しました!
寝技講習会の様子
乱取り
高校生は乱取り中もとっても元気で、そのエネルギーを一浪したおじさんにもわけてほしいなと思いました。
運営に携わってくださった東大柔道部関係者の皆様、並びに参加してくださった中学校、高校の皆様、本当にありがとうございました。
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特に書くこともないので減量中なのでサラダを食べるデブでも載せて終わろうと思います。ちなみに、お盆休みは沖縄に行って朝からハンバーガーを食べていたらしいです。
しかし、僕の体重もとめどなく増え続けています。今は78kgにまでなってしまいました。彼をデブと詰れなくなってしまう日も近いかもしれません。

今後も1年生の最高にイカした自己紹介ブログをお楽しみください。
それでは。
初めまして!柔道部新1年の北村颯介です。
まず、4年生の先輩方七大戦本当にお疲れ様でした。僕はコロナにかかって直接見に行けなかったのですが、配信で試合を観戦し、先輩方の勇姿に心打たれました。僕も次回以降の七大戦に貢献できるよう日々精進していきます。
自己紹介に移りたいとおもいます。北村颯介 18歳、柔道歴は中1から高2の5年間、大阪星光学院出身です。なんと今年の一年生の同期には時空の歪みを経験した、大阪星光時代の僕の直属の先輩であるM先輩がいます。いかんせん中学高校と常に先輩でおられ、しかもM先輩は部長も務められていたので、僕としては違和感しかありません。先日も、M先輩が自身の失恋について部員たちに問い詰められていたのですが、星光時代は女っ気もなく勉強と柔道にひたむきに打ち込んでいた先輩の初々しい恋の話を聞いていると、僕も恥ずかしさで悶絶してしまいました。でも最近は、少しずつタメ口を混ぜる努力をしており、近い将来同級生のように喋れる日が来るかもしれません。
次に柔道の好きな部分について語ろうと思います。僕は願わくば一生寝ていたいくらい寝ること及び寝転がることが好きで、大阪にいた頃は昼休みに床に寝転がって昼寝をしたり、広い実家でゴロゴロ転がっていたのですが、大学に入ってから、家も狭くなり、少し大人になったので、のびのびと寝転がれる機会がほとんどなくなってしまいました。ただ東大柔道部は、寝技にフォーカスしていることもあり、寝転がる時間が多くて、硬い床じゃできないようなアクロバティックな動きも自由にできるので、練習からすごく楽しいです。高校時代もどちらかというと寝技が好きだったので、今はすごくいい環境です。もっと寝技を頑張りたいと思います。
最後に付け足すようになりますが、僕は体がめちゃめちゃ弱いです。現在帰省中なのですが、実家に帰ってから鼻水と咳が止まらず、今も38度の熱がある中、ベッドでこのブログを書いています。環境の変化にとてつもなく敏感で、合宿等行くと必ずダウンします。これから迷惑をかけることもあると思いますが、どうぞよろしくお願いします。
はじめまして、1年の乾です。
最初に、この場をお借りして謝罪をしたいと思います。東大柔道部のホームページの石野くんの紹介文についでです。彼の紹介文は、私が書きました。そこで、私は、彼の能力が理由で、彼女ができる未来が見えにくい、と書きました。しかし、それは、私の全くの見当違いであると判明したため、深くお詫び申し上げます。彼には、"勉強"という、常に彼に寄り添ってくれて彼から離れない、長年の恋人が既にいたのです。彼らは、昨年一年を通して、愛を深めたことでしょう。そして、もちろん、これからも彼らの愛は深まるでしょう。彼らの幸せを心から願いつつ、謝罪します。彼女ができないというような旨を述べてしまい、申し訳ございませんでした。
では、本題に移ります。
改めまして。はじめまして、1年の乾です。
私は、柔道経験が中学・高校での週1の授業だけで、東大生でもないですが、今、こうして、東大柔道部の部員として活動しています。
私が、大学から柔道を始めたのには、様々な理由がありますが、全ての始まりは、兄が中高の部活で柔道部だったことだと思っています。
兄は、部内で異彩を放っており、様々な人に気にかけられていました。その影響で、私は、柔道部の顧問の先生や部員の方に、好奇の目で見られていました。
部活中は、兄にとって、最も心が解放される時間だったのかもしれません。彼は、休憩時、よく一人で道場の隅に陣取り、自身の雑念を口に出していたそうです。家では、そんな奇妙な兄を見た覚えがありませんでした。柔道を通して自分を曝け出すことで、日々募らせていた思いを発散させていたのだと思います。しかし、それでも、思いを発散させきることができなかったことがあります。兄は、寮に入っていたのですが、2回ほど、クローゼットの扉を殴って穴を開け、親の呼び出しをくらったことがありました。
顧問の先生と兄のエピソードはあまり知らないのですが、顧問の先生にも、目をかけていただいていたそうです。顧問の先生が、あいつはきっと頭の病気だからと注意喚起した、ということは聞いたことがあります。また、父が顧問の先生に挨拶に行ったとき、顧問の先生は、外面がよくて普通に見える父を見て、「あれ(兄)の親ですか⁉︎」と、つい言ってしまったそうです。(余談ですが、顧問の先生の1人が、私の叔父の授業を受け持っていたらしく、叔父を投げて病院送りにしたそうだとか… 嫌な縁が元々あったんですね。)
そんな兄は、特に1つ下の後輩に、慕われていた(下の名前で呼び捨てされるほど…以下略)そうです。兄への好奇な眼差しから、妹の私は、その後輩方から、数回、直々に柔道部への勧誘を受けました。私は、歯を食いしばって顔が変わっていった兄を見ていたので、さすがに、入部しませんでした。
家での兄は、普通と言いましたが、訂正します。今思えば、だいぶ変わっていたと思います。
兄も私も寮に入っていたので、長期休みぐらいしか顔を合わせる機会を作らなかったのですが、その度に、兄の奇奇怪怪な言動を目にしていた気がします。
兄が中学生の頃、五つ離れた弟を急に担いではぶん回していました。誇張ではなく、字の通り、ぶん回してました。持ち上げたと思えば、地面ギリギリまで落として、という感じでした。弟はどんな反応をしていたかと言えば、真顔でした。兄の奇行に慣れたのか、それとも、最初からそうだったのか、覚えていませんが、弟は"兄と比べて"正常なので、前者だと信じたいところです。
高校生の頃は、急に、自分はアスペルガー症候群だ、と言い始め、私たちにアスペルガー症候群の本を買い与えてきたことがあります。自分のコミュ力の低さを病気のせいにしたかったようです。面倒くさくて放置していると、何も言わなくなったので、本当のところは分からずじまいです。普通に、頭がおかしくてコミュ力が低いだけだと思うんで、病院に行かなくて正解です。何の病気もなければ、余計に痛々しい奴になってしまってたんで。
大学生になり、だいぶ落ち着いてきた、と思います。自転車を漕ぐ私の横で、前回り受け身をしながら付いてきたこともありますが。大学では、部活もサークルも入ってないはずですが、護身術を独学しているそうです。私も、何度か、出会い頭に挨拶ような軽いノリで、かけられました。
一方で、思想の偏りが目立つようになりました。なぜ人を○してはいけないのかが、最近の関心事のようです。小学生の頃の夢は、軍人になって敵を一掃することで、当時、戦争や銃に関する本を読み漁ってました。それが、再び、顕在化したようです。また、弱い相手を精神的に追い詰めがちで、先日は、八十を超えた祖母を詰めていました。
そんな兄の中高の部活の後輩の方と縁あって仲良くなり、私が高2のときから東大柔道部の勧誘を受け続けて今に至ります。兄が柔道部でなければ、その後輩の方と仲良くなることはなく、入部していなかったかもしれません。
自己紹介というか、兄の紹介になってしまいましたが、私が育ってきた環境がわかったという点で、自己紹介とさせていただきます。
柔道初心者で何も分からないですが、頑張ります。
こんにちは、1年生自己紹介ブログのトップバッターとなった石野一天(いしのかずたか)です。僕がトップバッターを務めるには荷が重いほど今年は面白い1年生がたくさん入ったので、これからたくさんの面白ブログが綴られていくと思いますので期待していてください。
まず、七大戦に関して書こうと思います。4年生の皆さん本当にお疲れ様でした。先輩方は全員強く、とても頼もしかったです。僕がのびのびと試合ができたのは先輩方の存在によるものが大きかったと思います。僕の試合内容に関しては課題が多く見つかる結果となってしまいました。本当に悔しいですが、練習を続けて先輩方のようにもっともっと活躍できる選手になります。特に寝技を強化していこうと思います。まだまだ教わりたいことがたくさんあるので、また練習に来てください。
次にこのブログのテーマでもある自己紹介を簡単にしていこうと思います。僕は千葉県立千葉高校出身で柔道歴は中学1年生からの6年間です。大学入学前に1年間の謎の空白の期間があり、入学してからまた柔道を再開しました。そして、僕の趣味について書こうと思ったのですが、先日の小柳さんのブログに間違いがあったのでまず僕の方から訂正をさせていただきたいと思います。小柳さんは「趣味は勉強」と書いていましたがこれは誤りです。小柳さんの本当の趣味は、某アプリで可愛い女の子を眺めることだったはずです。少々小柳さんをいじっているように見えるかもしれませんが、全くもってそんなことはなく、僕は小柳さんを非常にリスペクトをしています。これからも自分磨き頑張ってください。そして何より、勉強を趣味としているのは僕の方で特技はもちろん勉強です。もはや勉強が恋人といっても過言ではありません。そのため浮気をしてはいけないと思い、"あえて"人間の恋人は作っておりません。
短いですが、これにて今回のブログは終わりにしたいと思います。東大の柔道部でこれまで以上に頑張って、期待され期待に応えられるような柔道家になりたいと思っているので今後とも応援よろしくお願いします。
ではこれにて失礼!
まず4年の先輩方本当にお疲れ様でした。そして1年間ありがとうございました。僕が柔道部に戻ってきた理由は七大戦でお世話になった先輩方の少しでも役に立てればと思ってです。本当に迷惑ばっかかけてきましたが、先輩方は温かく受け入れてくれてくれました。まさに「強いやつは優しい」を示してくれました。しかしY先輩は優しすぎるので後輩からみても少し不安です(特に女性関係が)。感謝の言葉はし尽くせないですが、とりあえず残りの大学生活ゆっくり休んで、楽しんでください。先輩方の強さに近づけるようこれから努力していきたいと思います。
それでは自己紹介に移りたいと思います。
文科二類二年小柳太一朗です。趣味は勉強。特技は勉強です。柔道部、いや東大の中で一番頭いい自信あります。先輩がたや同期、さらには後輩にもこれから多大なる迷惑をかけていくと思いますが、悪気は全くないので温かい目で見守ってくれれば嬉しいです。「小柳はむっちゃ迷惑かけてくるけど、試合で勝ってくれるからいいや」となれるようにこれから激しく練習していきたいと思います。また公認会計士試験に合格できるよう勉強も頑張っていきたいと思います。
おはようございます。こんにちは。こんばんは。
大阪星光出身、一年の松永悦司です。
今回自己紹介ブログも出していないのにもかかわらず、3年生の古川さんにブログを書かされる、書かせていただくことになりました。四年生の岡本さんの引退ブログがこんなに早く執筆されるとは思わず(失礼なこととを述べているのは百も承知ですが事実なので記します。すみません。)大慌てで執筆しております。
そんなことはさておき本題へ
先日8月10日、11日に、千葉県勝浦の日本武道館研修センターにて行われていた世田谷、海城、早稲田、巣鴨、麻布の中高校生の柔道合宿に東大柔道部から7名が参加させていただきました。
練習後の集合写真この勝浦遠征は一泊二日でしたが、大阪出身の筆者は関東の土地勘が皆無であり事前に勝浦へ行くことは知ってたものの泊まり込みであるとはつゆ知らず、日帰り出稽古を2日行くものだと思い込んでいました。前日に突然、遠征の詳細連絡が入って(宿の確保が前日まで難航したため連絡が遅くならざるを得なかったとのこと。)、泊まり込みの遠征であることを知り、組際に大内刈りをかけられるくらい突然のことで仰天し、急いで準備をした記憶があります。
1日目
勝浦到着後、腹ごしらえをし、徒歩で日本武道館研修センターに向かいました。猛暑の中で、柔道着と宿泊の荷物を持ちながら、途中何のために向かってるか忘れるほどの疲労感のもと山の上の目的地に辿り着きました。ほんとに遠かった、、
やっとのことで練習参加。
1日目の稽古は寝技でした。東大が中高生に対して寝技をレクチャーする場面がありましたが、お恥ずかしながら一年生の筆者も中高生と一緒に二、三年生が教える寝技の技能を学びました。来年は伝える側になれるよう精進します。
寝技のレクチャー技のレクチャーの後は中高生とがっつり寝技の乱取りをしました。クーラーがついているにもかかわらず汗が止まらなくなるほどの稽古でした。良い稽古でした。
練習後、古川さんが泥でぬかるんだ斜面で転んで泥まみれになるなどのハプニングも起きたもののコインランドリーで無事、柔道着の洗濯をした後は、5校の皆様が招待してくださったバーベキューに参加しました。非常に楽しい一時でした。楽しさは文章で起こすよりも写真で見た方が早いと思うので載せます。
BBQ
ちなみに、後々の自己紹介ブログでも登場する期待の同期、一年のスズキ君(詳しくは http://www.akamonjudo.com/member よりチェック!)はバーベキューが終わった後もしばらくずっともぐもぐしてました。反芻しているのかって程もぐもぐし続けていました。彼は牛🐄なのかもしれません。
もぐもぐスズキ🐂 その1
もぐもぐスズキ🐮 その2
ちなみにその2
バーベキューと宿に戻るまでの間の時間に先輩達と談笑している際、何かの拍子で古川さんに”お前のツッコミいつも60点よな”と言われ結構刺さりました。柔道だけでなくツッコミも100点💯に近づけるよう精進します、、、、、、。
戯言はさておき、なんと宿までの帰りは中高の監督方のご厚意により車で送っていただきました。正直疲れてもいたのですごくありがたかったです。本当にありがとうございました。柔道家の先生方は、皆様このような優しさをお持ちな気がします。
宿到着に到着したのち、これまた柔道部出身の宿のオーナーからメロンと梨の差し入れをいただき監督と部員で美味しくいただきました。ありがとうございました。
いただいたメロンと梨
そのあとは先輩方がやたらやりたがってた花火を部員みんなでしました。思いの外、先輩方が楽しんでいらっしゃり、夏を取り戻してる感が凄かったです。“柔道部に予定ある人なんていないよ。友達なんていないんだから。” この二年広羽先輩のお言葉が何か関係しているのかもしれません、、、。そんなことを言いながら筆者も存分に楽しみました。輩6人での花火。これはこれで青春の一ページなのかもしれません。


疲れ果てて、皆穏やかに就寝となればよかったのですが、二年尚哉先輩と筆者が交互に奏でる尋常じゃない大きさのいびきのせいで一年生のこたろうとスズキは若干睡眠不足とのこと。ごめんね。同期たち。
二日目
朝6時に起床し、すぐにウォーキングへ。
せっかく勝浦まで来たので海辺まで行きました。砂浜では誰よりも監督が子どものように無邪気に楽しんでいらっしゃいました。合宿一意外だった場面でした。
浜辺にて砂浜の滞在時間が思いの外長引き、当初予定していたバスが間に合わず、タクシーで研修センターへ向かい、稽古に参加しました。この日の練習は立技メインで、乱取りは4分✖️5本✖️2セットで、決して多くはない本数だったものの東大部員全員かなり疲れる程の稽古でした。1日目の寝技も含め、中高生のパワフルさ、アグレッシブさはすごいなと、時空を歪みを経て大学生となった筆者は痛感しました。
この遠征を通して、東大側から中高生の皆さんに技をレクチャーし、何かお役に立てていれば幸いです。東大柔道部も普段は寝技中心なので中高生との立技稽古はとても良い機会で刺激となりました。とても良い稽古だったと思います。
世田谷、海城、早稲田、巣鴨、麻布の皆さんありがとうございました!
以上のように柔道はもちろんのこと柔道以外のところでも様々な経験をすることができ非常に充実した良い二日間だったと思います。筆者個人の感想として総じてとても楽しかったのは間違いないです。
このような今回の遠征は監督をはじめ多くのOB、OGの方々の多大なるご支援によって実施することができました。この場を借りて感謝の意を伝えさせていただきます。ありがとうございます。このような遠征は東大柔道部、中高生相互に刺激を与える非常に貴重な経験だと思います。今後ともご支援の程よろしくお願い致します。
一年生 松永悦司
お久しぶりです。引退しました。岡本です。
ついに引退ブログを書く時期になってしまいました。一応書いてはいたのですが同期のみんなが投稿するのを待っていたら、こんな時期になってしまいました。いや嘘です。末広が投稿するまで1文字も書いていませんでした。七徳で育んだ怠惰は僕の筋肉よりも強く逞しくなってくれました。
まず、今まで指導してくださった金野師範、山本コーチ、猪俣コーチ、揉めに揉めましたが最後は僕達の思いを汲んで試合に出てくれた寺田監督、そして常日頃から僕らを支援してくださったOB、OGの皆さん、出稽古を快く受け入れていただいた各所の方々、ありがとうございました。特に、現役が地元東京での試合に完全に集中して臨めたのは七大戦運営に関わった若手のOB,OGの先輩方が、苦労を僕達に見せずに水面下で準備していただいたおかげです。今年からは、僕もOBの一人になりますので、現役の迷惑にならない程度に支援できるよう頑張っていきます。
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何やら振り返れば良いかわかりません。というか、七大戦より前の記憶はほとんどございません。部室に霊媒師を呼んだりして、その記憶を呼び起こそうとしました。以下、その手法です。
i) 霊媒師に目の前で振り子を振ってもらう
これは良くある手法ですね。揺れる振り子を眺めて、催眠状態になった僕から霊媒師に色々と過去のことを聞き出してもらおうと考えました。しかしながら、高校生時代の記憶が蘇り、10周期分の秒数を数えて10で割って、1周期を計り出してしまったので、あえなく中断。
ii) 霊媒師に預言の水晶玉を持ってきてもらい、過去のことを回顧する。
これは、かの有名なノンフィクション映画「ハリーポッター」に出てくる予言の水晶玉を持ってきて、予言を聞き出し、それに関する過去の出来事を思い起こそうと考えました。急に霊媒師が、「名前を言ってはいけない人が今ここに現れるであろーー」と言い出し、倒れてしまいました。その直後に、僕の同期四人が談笑しながら現れました。ここで、過去四人の引退ブログを見返してください。この四人の中で、本名で呼ばれていない人が一人います。四人の名前を思い返してみましょう。重松、中岡、末広、掟破り変態野郎!!←こいつでした。最終決戦が今、始まる!
iii) 精神科の先生に普通に診てもらう。
これが確実でしょう。行こうとしました。立ち止まりました。過去の僕のブログを見てください。僕は一度、警察の方と仲良くなりました。よって、精神科に行くと、牢屋にぶち込まれるかもしれません。やめました。
iv) タイムマシンを作る。
これはさまざまな方法で試しました。
ア) 洗濯機の中に入る。
これは、一部には有名な話かもしれません。洗濯機の中だと、高速に回転してある一定の回転数を超えると、過去に遡れるというものです。残念ながら、窮屈すぎて洗濯機には入れませんでした。
イ) ワームホールを見つける
ワームホールとは、時空が歪んで、時空上のある一点から別の一点へ瞬時に移動できるというものです。一応、銀河のどこかにはあるのでは、という話らしいですが、残念ながら僕は宇宙飛行士ではありません。あえなく中断。
ウ) デロリアンに乗る
はい、出ました。言わずと知れた、ノンフィクション映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に出てくるタイムマシンです。車にフックを取り付けて、落雷の瞬間に電柱と時計台に張った電線に引っ掛ければ良いらしいです。運転免許持ってませんでした。泣。
エ) メンインブラックIIIに出てくるタイムマシーンを使う。
これも有名ですね。ノンフィクション映画「メン・イン・ブラックIII」に出てくるタイムジャンプマシンです。行きたい過去の時刻に目盛りを合わせて、高所から飛び降りつつスイッチを押し、行きたい時刻と目盛りが揃った時にもう一度スイッチを押すと、タイムスリップできるというものです。高所恐怖症でした。無理です。
オ)光の速さより早く走る
光の速さを超える速さで走ると、時空が歪み、タイムスリップできるというものです。残念ながら、現在の科学では光より早く走る乗り物はありません。よって、自分の足で超えようと試みました。足首怪我してました()
流石の僕でもここまで試して無理なら諦めるしかありません。みなさん、さようなら。
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最後に、茶番に付き合っていただき、ありがとうございます。
流石に、振り返ろうと思います。結果は3位でした。個人としても、チームとしても、悔いの残る結果となりました。七大戦に役割があるとはよくいうことですが、最後の最後に、僕は役割を果たせませんでした。そして、おそらく、そのせいでチームは負けました。改めて、文字にすると、本当に悔しいですね。もっと、前半でリードを作れるようにすべきだったとか色々あるとは思いますが、このチームを率いた主将として、結局僕の力不足だったと思います。ただ、主将としても、選手としても全力は使い切りました。また、チームのみんなは、僕に回ってくるまで皆が役割を果たすべく全力を尽くし、ほぼ理想通りの展開だったと思います。みんな、本当に強くなったし、主将として、物足りないところもあったと思うけど、本当に一年よくついてきてくれました。お疲れ様。
何か色々書きたいこともありますが、茶番で字数を割きすぎました。赤柔にもいっぱい書くと思いますし、後輩に伝えたいことは、練習にもそれなりに顔を出すので、その時に聞いてくれれば嬉しいなって感じです。
本番まで、主将を心折れずに続けてこれたのは、話を聞いてくれる先輩や、失礼でリスペクト溢れる後輩だったり、四者四様に圧をかけてくれた同期のおかげです。特に、同期が練習を頑張っていたから、練習を頑張れたし、主将として求心力がない時も同期に助けてもらいました。末広、重松、中岡、山路、本当にありがとう。
最後に、言い残すことがあれば、勝たなければやはり悔しいです。部活全体は、本当にいい思い出でしたが、最後の七大戦はいい試合ではあっても、いい思い出ではなく、悔しい思い出として残っています。勝つ可能性を上げるためには、新歓して、増量して、練習するしかありません。努力したからと言って、勝てるとは限りません。でも、努力しないと、勝てる可能性は減ります。今の3年以下は今年の七大までで本当に強くなりました。これからも強くなると思います。応援しています。
最後に、引退した老害っぽいことも言えたので、トンズラしようと思います。
みなさん、ありがとうございました! 岡本
皆様こんにちは。この度引退しました4年の末広です。
これ以上現役に迷惑をかけられないので、そろそろ書きます。
まずは今まで柔道部を支えてくださった指導陣の方々、東大柔道部OBの方々、七大戦関係者の皆様に感謝申し上げます。皆様のご支援とご協力により七大戦で自分たちの力を最大限発揮できたと思います。本当にありがとうございました。特に代の近い先輩方には本当に色々迷惑をおかけしたと思うのですが、それでも気にかけてくださりありがとうございました。
結果はご存知の通り3位でした。全てを出し切ってこの結果なので悔いは全くありません。嘘です。悔しいです。めっちゃ悔しいです。
これで終わってもいいのでしょうが、流石に短いなと思ってしまったので、最近あった話でもしましょう。
現役は知ってると思いますが、肩の手術をしました。去年の夏練の始めに初めて肩が抜けて、そこからはずっとサポーターをつけて柔道をしていたのですが、最後はもうボロボロでした。将来子どもとキャッチボールをするためにもちゃんと治さないとと思い、手術することにしました。怪我の名前は「反復性右肩関節脱臼」で、手術の名前は「関節鏡下肩関節唇形成術」です。術後すぐはブロック注射の効果で右腕の感覚が全く無く痛みもそれほど強くはなかったのですが、退院して麻酔も切れるとまさに地獄でした。唯一の救いは同じ病院で同じ手術をした後輩が2人もいて、痛みを緩和する方法を教えてくれたことです。これによって大分と楽に過ごせたと思います。河本齋木ありがとう。
これで晴れて激痛から解放されたと思ってたところなんと人生で初めて胃腸炎になりました。しかも偏頭痛も来るという大三元で、文字通り死にかけていました。引退した後のこの3連単なので苦尽甘来ならぬ苦尽大苦来でした。そこで肩の手術後に偏頭痛と胃腸炎になった人あるある何個か載せておきます。
・腹と肩と頭が痛くて気張れないからトイレが異常に長くなる
・しかしトイレに篭っても「ぴゅっ」ぐらいしか出ない
・上半身を少し上げて寝ると全部に症状を緩和できる
ちなみにこの1週間でさらに体重を減らしてしまい、一時は78kgにまで下がってしまいました。試合の時は88kgだったので1ヶ月で10kgと本当に効率のいい減量です。
以上まじでどうでもいい近況報告でした。
さて一応引退ブログなので、同期とか後輩にメッセージとかいうエモエモコーナーやっときます。(掟破り変態野郎が1番最初に全部書くからみんなやりにくくなってるやろうが!後の人間のこと考えられへんのか!まじで最後まで使えへんな!)僕は諸事情でこれからみんなと会える回数があまりないので、この場を借りて書かせてもらいます。
1年
みんな柔道部入ってくれてほんまにありがとう。ほんまは飯とか行ってみんなとの時間を増やしたかったけど、お前らだけで十分楽しそうで僕らみたいな老人の入る幕はなかったわ。これからも仲良く切磋琢磨してくれ。(1人ずつ書こうと思ったけど多すぎて無理やった。すまん。)
2年
小柳 戻ってきてくれてありがとう。ほんまに東大生か?って思う時も少なく無いけど、お前おるだけで練習中の雰囲気が良くなるのお前の才能やから、芸人なるのも視野に入れていいと思う。
齋木 プレイスタイル似てるし肩も怪我してるって理由で色々口出したりしたな。口出しされてどんな気持ちになるかは僕とか中岡が1番わかってんねんけど、やっぱりポテンシャルあるからほっとかれへんかったわ。これから自分の良さを活かせる柔道を研究してくれ。
なおや ここ1年で1番強くなったんがお前やと僕は思ってる。その分頑張って食って筋トレして練習して研究してるのもわかるし、ほんまに偉い。今回悔しかった試合もあったけど、それバネにして強くなってくれ!来年以降期待してるで。
広羽 入部当初はあまりにもパワー差がありすぎてどう練習すれば広羽が強くなるかわからんかったけど気づいたらめっちゃ強くなってたな。けどもっと強くなれる。あとこれは広羽だけじゃなくて理系の2年全員に言えるけど、学科決まったら友達いっぱい作りや。これから実験とかで忙しくなるけど、そういう時に頼りにできる友達おったら途中で抜けて練習参加しやすくなるから。
メリッサ メリッサは僕の中では1番勉強してるイメージやった。多分僕より勉強してるんちゃうかなって思ってる。柔道と勉強両立すんのってまじで大変やし1番僕がわかってるけど、諦めずにやり続けてくれな。応援してるで。
世銀 かっこいいし英語上手いしスタイルいいしほんまに羨ましい。柔道もどんどん強くなってるな。今年は試合出れんくて悔しかったと思うけど、努力は裏切らないからもっともっと体重増やして力つけて強くなろ!応援してるで。
3年
河本 お前も肩とか色々怪我してから大変やったよな。脱臼した時の痛みがわかるもの同士肩に負担かかりにくい技共有したりしたな。プレイスタイル完全に変えて、なんもわからんとこから再スタートやったと思うけど、先輩としてちゃんと教えれたかな。いい先輩やったとは全く思わんけど。最後言うとしたら、七大戦良かったと思うで。これから1年、とりあえずリハビリからで大変やけど頑張ってくれよ。
堂下 気づいたら堂下主将やな。見る見るうちに亀固くなって強くなって、ほんまにすごい。少なくとも去年の僕より絶対強い。それでいてあんな馬鹿みたいな授業数を受けてんねんからもっとすごいよ。お前が主将で大丈夫かって言ってくる人もおるけど、なんだかんだみんなお前のこと好きやし頼りにしてるからなんも気にせんで大丈夫やで。知らんけど。あと引退する前からずっと言ってるけど、お前はかわいい。自信持て。
古川 最初は白帯のめっちゃちっさいおっさんやな思ってたけど、それが今ではゴブリンにまで成長して感慨深いわ。文章のセンスも皮肉のセンスも柔道部一で、毎日笑わせてもらった。お前は社会に出すのがもったいない逸材やから、普通に養ってあげたい。そのために頑張るわ。堂下のポケモントレーナーも主務も後輩のお世話も大変やろうけど、お前の授業のしんどさ足してもギリ堂下の授業のしんどさに達してないと思うから頑張ってくれ。目指せ大ゴブリン。
同期(めっちゃ恥ずかしいから一言ずつだけ)
岡本 柔道部誘ってくれてほんまにありがとう。
重松 お前の真面目だけどとち狂ってる所めっちゃ好きやった。
中岡 同じ立ち士としてお互い頑張ったな、お疲れ。
山路 お前が同期におったからハーフ頑張れた、ありがとう。
はい。終わり、じゃないですね。もう1人いますね。そうです。この人です。
寺田さん 僕たちのわがままを聞いて頂いて本当にありがとうございました。いろいろありましたが、最後全て誤解を晴らすことができてよかったと思います。一緒に戦えて嬉しかったです。ありがとうございました。
また繰り返しにはなりますが、東大柔道部の関係者の皆様、本当にありがとうございました。
長かったですが、以上を持ちまして引退ブログとさせていただきます。
最後に、東大柔道部最高!
皆さんこんにちは、4年の中岡です。
先日の七大戦で引退しました。
まずは我々の代を支えてくださった師範・監督・コーチやそのほかOBや七大戦関係者の方々、先輩方や後輩にお礼申し上げます。ありがとうございました。たくさんの人たちのご支援のもとで、楽しく有意義な柔道部生活が送れたと思います。
前々回(去年掟を破ってしまった)山路くんがくそ真面目にややエモめな文章を書きくさったおかげで、妙なハードルが出来てしまったと感じております。また禊稽古されちまえ。
楽しい柔道部生活でした。あまりそれ以上のことは語れません。いや語り始めたらきりがないと言った方が正しく、試合の結果だとか自分の技術体系だとか柔道部の今後だとかたくさんありますが、ごちゃごちゃ言うとごちゃごちゃした文章になりそうなので、そういうのは赤柔でやります。あと柔道部生活で学んだことですが、自分は割と気まぐれな方なので、今ここに書いたことも近いうちにやっぱそんなことなかったわってなりそうなので書かないです。ただ楽しかったことだけは揺るがないと思います。
これからも練習には顔を出すので、後輩へのメッセージはその辺で適当に伝えます。一応(去年掟破)にならって書いたんですがとんでもない文章量になったので割愛します。
最後に同期に、皆お疲れ様と言いたいです。僕は柔道に対してかなり真面目だと思っていましたが、同期は全員僕より真面目でした。定期戦や錬成大会で結果が出なくても頑張り続けた故の、七大戦での幹部代の活躍だったと思います。彼らと同期として戦えたことは誇りです。とくに岡本。岡本は今のチームで行ける最高到達点まで連れて行ってくれたと思います。期待に応えられなくて申し訳ない。でも岡本が俺に色々求めてくれるのは嬉しかった。本当にお疲れ様。
良い柔道部生活でした。他に言うことはありません。以上、中岡でした。
こんにちは、4年の重松です。引退ブログを書きます。お世話になった人に感謝を伝えたいです。
先輩方、僕を育ててくださりありがとうございました。僕は入部時は体が小さい上に柔道も特に光るものがなく、弱っちかったと思いますが、先輩方のおかげで成長できました。引退直前でも先輩方を乱取りで取ることはなかなかできなくて、もっと強くなりたかったという思いはありますが、入部時の自分と比べたら何倍、何十倍も強くなったと胸を張って言えます。また、七大戦の準備や当日の運営をしてくださり、ありがとうございました。現役が知らないうちに全ての準備が進んでいて、僕たちは試合に完全に集中できました。本当に感謝しています。
同期のみんなも、ありがとうございました。この代で良かったと心から思っています。特に岡本、主将お疲れ様でした。岡本は優柔不断で主将らしくないと皆でいじっていたけど、内心では岡本にしか主将は務まらないと思っていました。普段は口下手なのに大事なところではカッコいいことを言うし、七大戦2日間の試合もカッコ良かったです。何より一番言いたいのは、僕はあなたのストイックさにとても刺激を受けました。自分は高校の時は同期の中で結構頑張り屋さんな方だったけど、大学で岡本に会ってこれには勝てないなと思いました。自分は岡本には及ばないけど、岡本のおかげで自分もできるだけ柔術に行こうと思ったり、頑張れました。ありがとう。
後輩のみんなも、ありがとうございました。後輩のみんながいたから柔道部という場所が僕はとても楽しかったし、もっと好きになれました。七大戦では、みんな頼もしい試合をしていて今後が楽しみになりました。これから辛いこともあると思うけれど、頑張ってください。心から応援しています。体を動かしたいときは部活に顔を出そうと思うので、相手してやってください。
寺田監督、山本コーチ、猪俣さん、成長を支えてくださり感謝しています。本当に貴重な経験ができました。ありがとうございました。
ここに書けなかった人も含めて、たくさんの人のおかげで柔道をやりきれました。感謝してもしきれません。引退まで僕がしてもらった分かそれ以上に、これからの柔道部に還元したいという気持ちです。ありがとうございました。